現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

作業所の整理と大豆を乾燥機に入れたことと孔子のことば






えーっと今日はいいお天気でしたね。陽射しもたっぷり。風もあまりなくてあたたかで。


長女が冬用のスタッドレスタイヤを買って、タイヤ交換してきたので、ノーマルタイヤを作業所の二階に保管する。そろそろタイヤ交換の時期ですな。
そのあとあれこれ作業所の中の整理整頓。籾擦り関係のあれこれを二階にしまったりする。


午後は車庫の方に広げておいた大豆をコンテナに入れ、コンテナをリフトで運んできて、今度はコンテナの大豆を乾燥機に入れる。箕を使っての手作業なので、なかなか疲れる。


『がんこなコリが一気に消える 肩甲骨はがし』という恐ろしい名前の本というか雑誌というか、ムックのようなものを教えていただいて、ええ、どこに売っているかも教えていただいたので、買ってきました。数日前にも書きましたが、肩甲骨と肋骨の隙間がなんだか凝っているのです。原因ははっきりしているのです。事務仕事が重なったことです。万年筆で字を書いたのですが、ちょっと肩に力が入っていたのでしょう(笑)。


そういえば、11月27日のブログで、開高健に教えてもらった「手を忘るな」ということについて書きました。”「手を忘るな。」とおっしゃったのはメソポタミアのどこかの国の皇太子だったか?”などと書いたのですが、あれは思い違いというか、ウソでした。開高健『知的経験のすすめ』をぺらぺらみていましたら、こんな文章が出てきました。
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 ……石川淳氏と会って酒を飲んだとき、バクチでもいいから手を使えと孔子が言っているぞ、と聞かされたことがあります。……これがその夜の私にはたいそうひびき、いまだに忘れられないでいます。ヒトの心のたよりなさ、あぶなっかしさ、鬼火のようなとらえようのなさをよく見抜いた名言と感じられたのです。

 孔子が太古の異国の哲学者というよりは現代の最尖鋭の精神病理学者のように感じられたほどです。現代人は頭ばかりで生きることを強いられ、……これでは発狂するしかありません。発狂か、自殺か、または、そうでなくても、それに近い状態で暮らすか……孔子のいうようにバクチでもいい。台所仕事でもいい。……手と足を思い出すことです。それを使うことです。私自身をふりかえってみて若くて感じやすくておびえてばかりだった頃、心の危機におそわれたとき、心でそれを切り抜けたか、手と足で切り抜けたか、ちょっとかぞえようがありません。

 落ち込んで落ち込んで自身が分解して何かの破片と化すか、泥になったか、そんなふうに感じられたときには、部屋の中で寝てばかりいないで、立ちなさい。立つことです。部屋から出ることです。

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というわけで「手を忘るな」とおっしゃったのは孔子でした。うん、そうだったような気がしてきた(笑)。でも確かに大事なことのような気がするし、さすがに孔子は人間というか、肉体についても忘れてはいないなぁ、と思わずにはいられない。それから対談の名手といえば、一昔前は吉行淳之介ということになっていて、確かに吉行の対談本はおもしろかったように思う。聞き上手だったんだろうな。開高は自身が博学というか博覧強記の人ですから、礼を失するようなことはありませんが、挑みかかるような対談ぶりです。石川淳との対談というか、一緒に酒を飲んだという話も二、三度読んだが、石川淳もまた博学というか博覧強記の人ですから、おもしろい対談だったような気がしています。うーむ。たぶん。
「バクチでもいいから手を使えと孔子が言っているぞ。」なるほどな、石川淳、なかなかカッコいいことを言う。

それから富岡や草津温泉へ旅行した友人から絵葉書が届いた。笠原工業の生糸の商標ということです。なるほどRaw Silkって最初に書いてありますね。