現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

八月と祖母の教え

ダン・ギルロイ『ナイトクローラー』(2


1日(火)
朝のうちは、田回りをしてあちこちの田んぼに水を入れたり、水を止めたり。幼穂期の稲には水が必要です。
で、遅い朝食をとってから、ミネラル肥料をまく。
午後は田回りのあと、畦畔の草刈り。
暑かったけど、ちょっと風があったので、ありがたかったです。


夜、ダン・ギルロイ監督『ナイトクローラー』(2014)をiTunesで観る。とてもおもしろかったが、後味は悪い(笑)。主演のジェイク・ギレンホールが熱演していますね。レネ・ルッソは、どこかで観たとおもったら、『マイ・インターン』で観たのか。


中華料理店に「桃李不言、下自成蹊。」の額がにあがっていたというブログを読みました。「桃李もの言はざれども 下おのづから蹊(みち)を成す」ですね。桃やすももは何も言わないが、その実がとてもおいしいので人が集まり、その下には自然に道ができる。というような意味ですね。これは高校の漢文の授業で習ったのかなぁ、『史記』ですから大学の演習で教えていただいたのでしょうか。額をあげる中華料理店としてはお店への蹊が自然とできることを願っているのでしょうね。
「道」とか「路」とか「途」とか、「みち」と訓読する漢字は他にもいくつかありますが、「蹊」は大きな道ではなくて、小道、自然とできる踏みつけ道です、というのは、どこで教えていただいたのでしょう、自分で調べたのだろうか、うーむ。今、『全訳漢辞海第四版』を調べてみたら、“途、道、路はいずれも車の通行できるみちを表し、「途」は一車分、「道」は二車分、「路」は三車分の広さのみちをいう。ただし一般に区別なく用いている。”とありました。なるほど。
世の中を見渡してみると、派手な言動をしているわけではないけれど、人から信頼され慕われ、周りに人が集まってくる人という人が確かにおられますね。たぶんウソをつかず、他人の悪口を言わない人なんじゃないかな。
僕は幼稚園とか小学校の低学年の頃は祖母といっしょに寝ていた。蒲団の中で桃太郎や浦島太郎、舌切り雀や一寸法師や花咲か爺さんなんかの話をよくしてくれたし、僕もしてくれるようにせがんでましたな。どれもおもしろい話だったけれど、話の展開が次々変わっていくので花咲か爺さんが好きだったかも。あ、こぶとり爺さんも好きだったな。
その他にもいろいろ話をしてもらったのだが、小学校にあがるときに、教えてもらったことが三つあった。一つ目。ウソをついたらあかんで。ウソつく子には友達はできんで。ウソつく子は学校の先生からも信用されンで。二つ目。人のものを盗ったらあかんで。おまんの父ちゃんも母ちゃんも朝から晩までようきばってやんす。学校でほんまにいるもんならなんでも買うてくれやんすんやで。よその子がどんなにええもんをもってやんても、盗ったらあかんで。三つ目。困ってる子がいたら助けたらんとあかんで。誰でも弱ったり困ったりするんやで。そういうときに助けてもらうとうれしいやろ。困っている子がいたらたすけたるんやで。ほたらおまんが困っているときに必ず誰かがたすけてくれやんす。
そんな話を寝物語に花咲か爺さんや桃太郎や舌切り雀の昔話と一緒に聴いていたような気がする。「下おのづから蹊を成す」という人はやはりウソをつかない人、人の悪口を言わない人だと思います。ええ、できるだけ人の悪口は言わないようにしています。というか人には人の事情や都合があるわけで、だいたい悪口というのは、自分の都合が口に出るものですしね。ウソはたまについてしまいます(笑)。まあ事実と違うことを言うのではなくて、こころにもない、とまでは申しませんが、お世辞をちょこっと口にしてしまったりします(笑)。よく知っている人にはそんなこともできませんが、よく知らなくてこれから人間関係を作っていきたい人とかね。自分にウソをつかずに生きるというのは、難しいことです。まあ、でもこの歳になっても、祖母の教えをきちんと守るのは難しいことですね(笑)。でも祖母が孫に伝えたかったことは、今、とてもよくわかります。



2日(水)
朝から陽射しが出るし風もなく暑い。午後は風が出る。
午前中は田回りと畦畔の草刈り。
午後も畦畔の草刈り。夕方、激しい夕立が来るのかと思ったが・・・、少し降るだけだった。


火曜日の日本農業新聞のコラム。日本農業新聞では牛肉のセーフガードの話があれこれ出ていますが、一般紙やテレビの取り上げ方はにぶいですね。