現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

三人の研修の若者と山中先生の特別授業と「失敗しながら生きるしかない」こと


21日(火) 旧暦では水無月の一日
 今日、明日と今年の滋賀県の新規採用の職員さんのうち、農政、農業関係の部署に配属された若者が三人研修にやって来られました。県としては新規採用の若者に現場の農業の様子を見てこい、ということだと思います。毎年春の県の事業らしいです。去年は二人受け入れて田植え機に乗ってもらったりして、田植えを体験してもらいました。今年はコロナの影響で春ではなくこの時期になりました。ほんとうは大豆の圃場で中耕除草をやってもらうつもりでしたが、天気の都合で先にやってしまったので、ミネラル肥料の散布と畦畔の草刈りという夏場のしんどい作業を一緒にしながらいろいろしゃべるようにしました。
 今日はミネラル肥料の散布。軽トラに積んだ肥料袋1パレット分60袋を散布。それにしても、陽射しが出たのでとても暑い一日でした。お昼の時間は長くとったけれど、みんな暑くて疲れました。


 夜にけっこう激しい雨。


22日(水) 大暑
 今日も三人と一緒に作業をしながらおしゃべり。今日は畦畔の草刈りを体験してもらう。最初は刈払機の使い方の説明から。なんといっても農作業事故で一番多いのは刈払機での事故だと思うので。三人のうち二人は初めて刈払機を使うとのこと。
 でも今日は陽射しも出たけれど風も吹いたので、すこしありがたかったです。今日もお昼の時間をたっぷりとって作業。
 いちおう研修ということなので、県の新規採用の若者に何か言わなくてはならない気がしたのだが、何も立派なことは言えない。「人間、最後は、人柄が大事ですから。」とだけ、3秒で話した。


23日(木) 海の日
 コロナの影響で小学校など学校の夏休みがどうなっているのか、よくわからないのですが、とりあえず4連休ですね。例の「go to トラベル」キャンペーンもはじまっています。でも報道では「全国の感染者981人、2日連続で最多を更新…都内ほぼ全域で感染者を確認」ということらしいです。一日の感染者数が全国で1000人を超えてくるとまた次のステージに上がります、というようなことをテレビで話している専門家の方もおられますね。うーむ。感染拡大を防ぎつつ、経済活動を促すというのは、大事なことだとは思うけれど相反することになりますから、難しいですね。


 今日はときどきショボショボ雨が降ったりするので、家でウダウダするばかり。あ、農機の車庫の前の草刈りをしたけど。


 夜、山中伸弥先生の “第26回京都賞 高校生特別授業「万事塞翁が馬」” という2010年の高校生向けの特別授業YouTubeで観る、というか、聴く。おもしろい。しみじみ聴き入ってしまう。ノーベル生理学・医学賞を受賞されたのは2012年ですから、この特別授業の二年後ですね。先生の高校生時代から研究の過程からiPS細胞ができるまで、いろいろ語られます。失敗と成功、visionとhardwork、万事塞翁が馬のこと。失敗することはぜんぜん恥ずかしいことではないということ。などなど。
 あーた、いささか恐れ多いけれども、あたしと山中先生の考えは非常に近いということがわかりました(笑)。人は必ず失敗するし、若いときだけでなくて年をとってもやっぱり失敗する。失敗しても必ずしも恥ずかしいことではないし(ま、恥ずかしいこともたくさんあったのだが)、その失敗はムダになることもないし、災い転じて福となるということはよくあることだし、失敗しながら生きるしかないということです。たぶんこの山中先生の高校生に向けた特別授業を要約するとこういうことになるのではないか。いや、山中先生は「失敗しながら生きるしかない」とはおっしゃってませんね。これはさらに一歩すすんだあたしの諦念なのかもしれません(笑)。
 山中先生は年齢で言うと僕より一つ下になるのだが、おなじような考え方をしているのに、方やノーベル賞受賞者、方や百姓という、人生に大きな違いが出てきたのは、どこに問題があったのだろう(笑)。うーむ、やはり諦念がまずいのかな。というか9回失敗して10回目の成功みたいな話をされておられたけれど、武田鉄矢だと101回目のプロポーズということになるし、ドリカムだと1000回ダメでも1001回目には何か変わるかもしれないということになるんだろう。でもなんだな、あたしの「失敗しながら生きるしかない」のほうが種田山頭火みたいでカッコいい気がしてきた。ああ、でもそういうおっちょこちょいなところが次の失敗を生むのだということが、ええ、だんだんわかってきました(笑)。
 などと考えていたら、新規採用の三人の研修の若者に失敗を隠してはいけないよ、と言えばよかったかな。人は誰でも失敗するんだけど、その失敗を隠すと、それが一番の弱みになります。僕にはそうでした。逆に失敗をさらけ出して、その時はカッコ悪いけれど、みんなに笑ってもらえるようになれば、それはとても強いことです。あるいは楽になります。ま、みんなそんなことはわかっているんだけれど、なかなかそうもいかない。ただ「失敗しながら生きるしかない」という諦念を持ったのなら、「失敗を隠すな、さらけ出して笑ってもらえ」という処方も大事なことだとつくづく考えていることです。
 しかし、人に上手に笑ってもらうことはけっこう難しく、さらに言えば、「さらけ出して笑ってもらう」には、人柄がとても大切だ、ということもやはり忘れてはなるまい。うーむ。だんだん話が哲学的になってきたかも。って、単なる堂々巡りか(笑)。