現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

『この星の光の地図を写す』とまだ白梅が開花しないことと『記憶にございません!』と満月


25日(木)
 午前中は精米など。
 午後は事務仕事。
 夜は寄合い。コロナのこともあり30分で終わる。こういうのもいいのか悪いのか、よくわからない。


26日(金)
 5時に起きて5時半から事務仕事。それから精米など。
 午後は役所にいったり、農協へいったり、図書館にいったり、歯医者さんにいったり、皮膚科にいったり。あちこち出歩くフライデーなのでありました。
 ええ、フライデーは金曜日なのですが、僕は中学生になって英語を習いはじめた頃から、フライデーと聴くと『ロビンソン・クルーソー漂流記』の従僕のフライデーのことを思い出していました。確かロビンソンがフライデーを助けたのが金曜日だったからその現地人をフライデーと名付けて従僕にしたのではなかったか。『ロビンソン・クルーソー漂流記』の絵本はどこかからのいただき物で、幼稚園くらいだったのかなぁ、小学生になったばかりの頃だったのかなぁ、何度も何度も繰り返し繰り返し読みました。
 たぶん同時にいただいたのが『フランダースの犬』で、これは子ども向けの児童書で、ペン画の挿絵がたくさん入ってました。これも繰り返し繰り返し読んだなぁ。主人公の少年はネロではなくて、ネルロという名前だった。アロアはアロアだったなぁ。アントワープという地名とかルーベンスという画家の名前を覚えました。うーむ。


 石川直樹『この星の光の地図を写す』を図書館に返却してもう一度借りる。ほとんど毎日ちょっとづつ眺めているけれど、見飽きない。この表紙もちょっと変わっているけれど、表紙の写真も好き。美しい。いかにも旅してる、って感じの写真。でもって家に帰ってから石川直樹沢野ひとしをネットから貸し出しの予約をする。ええ、何の本かはまだ書かない(笑)。




27日(土) 旧暦睦月十六日
 朝から晴れてありがたいが、北風が吹いて寒い一日。もう庭の白梅も咲いたかと観に行ったが、まだ開花していない。うーむ。まあ、もちっと気温が上がってないからな。紅梅と比べるとすこし遅れている感じがするが。木瓜もまだ蕾でした。こちらはもすこし時間がかかりそう。
 午前中は精米など。
 それから午後は三谷幸喜監督『記憶にございません!』(2019)を観る。コメディ映画。三谷幸喜監督はいささかクセのある監督だし、主演の中井貴一もどこかお調子者風のニヤケ顔がもひとつ好きになれないが、頑張ってましたな。なにより石田ゆり子ファンとしては(いつからファンになったんだ?)楽しめました。「記憶にございません!」というのはロッキード事件の時に国会に証人喚問された財界の立派な方が何度も繰り返しお答えになって流行語になりました。日本のあちこちで授業中に先生に当てられた小学生が「記憶にございません!」と言ったとか、言わなかったとか。1976年のことだそうです。
 コメディ映画だし政権批判という感じでもないけれど、あちこちにアテコスリのようなところがあって笑ったり、また拍手したり(!?)、というところもありました(笑)。ディーン・フジオカ小池栄子をはじめ脇の俳優さんも頑張ってました。山口崇って、久しぶりに見た気がしたけれど、声を聞いたらすぐわかりました。
 失敗しても真摯に反省してやり直してる総理大臣の姿が映画ですな(笑)。
 この映画はヒットしたのかな?フジテレビ開局60周年記念作品なんだって。なるほどなぁ。


 夜は寄合い。寄合いはコロナや、次の会議がある人がいたりして、1時間ほどで終わる。外に出てみると、月齢15.3の満月が昇っていました。満月もちとスマホの小さいレンズではキビシイですね。春の月。
 今日の午前中の精米などの作業をしながらラジオを聴いていたら、高樹のぶ子さんが話をされていた。去年『小説伊勢物語 業平』を出したことをすこしだけ話されていた。高樹のぶ子さんは、僕が学生時代の頃にデビューされた。申し訳ないが僕は一冊も読んでいない。下宿の僕の隣の先輩が「ツジイ、もう読んだか?高樹のぶ子。」とおっしゃってたのは覚えているんだけど。
 いえ、業平で春の月の歌といえば、

   月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして    在原業平

が有名ですね。月は昔の月ではないのか。春は昔の春ではないのか。私だけが昔のままであって、私以外のものはすっかり変わってしまったのだろうか。というような歌ですね。いや、午前中に業平の話を聞いたものですから、ふっと満月を観てこの歌を思い出してみたことであったことよ(笑)。

春の霜と斎藤茂吉の「あたたかき飯」など







 朝から晴れたけれど、朝はよく冷えました。陽射しがあってもわりと寒かったです。午後からは雲が多くなってきました。
 午前中は精米など。
 午後は農協へ締め切り過ぎの書類提出。やれやれ。
 その後、軽トラのタイヤ代を支払いに行ったりする。


あたたかき飯くふことをたのしみて今しばらくは生きざらめやも

 斎藤茂吉の晩年の詠。今朝の新聞のコラムにちょろっと載っていた。嵐山光三郎は茂吉のことを「もの食う歌人」と称したらしい。
 「ざらめやも」とかちょっとわかりにくいですが、「ざら」は打ち消しの「ず」、「め」は推量意志の「む」、「やも」は反語ですね。「生きないことがあろうか、いや、きっと生きていくのだろうなぁ」というような意味なんでしょう。「死にたまふ母」の連作はいつ読んでも、何度読んでも、ええ、まだうちの母は健在ですけれど、いよいよ胸を打つなぁ、と思っているところです。さっき読みました。一つだけ紹介します。

死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはず天に聞ゆる

 カエルの鳴き声は確かに茂吉の慟哭のようです。さらに申せば、コロナの世の中では死に近き母に添寝など、いよいよできませんね。
 医師であり、大歌人であった茂吉ですが、養父の医院が焼けたり、夫婦関係がもめたり、まあ、我々と同じようにすんなりいかない人生も味わうわけですが、ご飯のうまさは晩年まで楽しんでいたようですね。
 うちはわりと精米したてのぴかぴかのぬくぬくの飯を毎朝食べられていて、まあ、仕事柄とはいいながら、ありがたいことだなぁ、と思っているのでありました。

早春のドライブと蕎麦と研修会


24日(水)
 朝から晴れているが、やはり風が冷たく寒い。
 午前中はすこし事務仕事をして、お昼前からクルマにガソリンを満タンにして農業技術振興センターへ。スマホGoogleナビに言われるままに運転したのですが、往路の6割ほどは初めて通る道でした。なかなか新鮮。今日は道路工事がけっこうあちこちにありました。風は冷たかったけれど、車内は暖かくスティービー・ワンダーの『キー・オブ・ライフ』をBGMにしてご機嫌に運転(笑)。すこし早めに出たのは東近江市にある蕎麦屋さんに寄ろうと思ったから。石臼自家製粉手打ちそばで、ネットのでの評判がすごく良かったので。蕎麦屋さんならそれは手打ちそばだろうけれど、石臼自家製粉は普通なのだろうか。
 シンプルで上品なデザインのきれいなお店でした。薪ストーブが燃えてました。11:30開店ということでしたが、11:45に入ると多分一番乗りでしたが、5分後には4組のお客さんが次々と来店されてました。十割そばの大盛りを頼もうとしたら、大盛りはやっていないとのこと。メニューには十割そばは15人分しかない、とありましたので、まあ、そういうことなんでしょう。ええ、でもおいしくいただきました。

 食べ終わるとオーガニック米の研修会へ。うーむ。

 帰りもスマホGoogleナビに言われるままに運転。うーむ。彦根荒神山辺りまで田んぼの中の道を走る。今までは湖岸の道路を走ることが多かったが、Googleナビはわりと距離の短い田んぼの中の道をすすめてくれますな。米の生産調整で麦の圃場の横を往路も復路も通ったけれど、彦根以南はうちのあたりと違ってよく伸びてますなぁ。すでに立ち上がってきています。雪が積もらないとずいぶん違います。
 冷たい北風が吹いて琵琶湖はけっこうな白波が上がってました。湖岸脇の歩道にまで波のしぶきがかかっているところも数ヶ所ありました。

 帰り道、長浜まで帰ってきてから、久しぶりにスマホで撮影してみる。最初は普通にビデオ撮影で、後半はタイムラプス撮影で。タテ位置で撮影したので、横になるように切り取りました。ま、早春のある日の記録ということで。


長浜ドライブ早春20210224

25日(木)
 晴れていますが、霜が降りていますね。よく冷えてます。今日は事務仕事に頑張らなくては。

天長地久とサステナブル


23日(火) 天皇誕生日
 晴れて陽射しはあったが、北風が強く寒くなる。
 今日は国民の祝日天皇誕生日だが、この時期に休日があるのにまだ慣れない。以前は天皇誕生日のことを「天長節」皇后誕生日を「地久節」と言いました。ええ、私が生れる前のことですから私になじみはありません。唐の玄宗皇帝の誕生日をお祝いしたことに由来しているそうです。そういえば白居易の「長恨歌」の最後のところに、
   七月七日長生殿
   夜半無人私語時
   在天願作比翼鳥
   在地願為連理枝
   天長地久有時尽
   此恨綿綿無絶期
と、出てきますね。「天長地久」は要するに「天地長久」「天壌無窮」と同じことなんでしょう。うちの座敷に「天地長久」の額が上がっています。天地が長く続き安定しているのを謳歌するおめでたい句であるのでしょうね。
 もともとは『老子』に、


   天長地久。天地所以能長且久者、以其不自生、故能長生。是以聖人、後其身而身先、外其身而身存。非以其無私耶、故能成其私。


とあるんだそうです。
 さて、読めるのか?、と力んだり悩んだりしなくてもネット検索すればシュルシュルとたくさん出てきます。もう学生ではありませんので、ここは保立道久先生のページに教えていただくことにします


   天は長く地は久し。天地の能く長く且つ久しき所以の者は、其の自らを生ぜざるを以てなり。故に能く長生す。是を以て聖人は、其の身を後にして、身先んじ、其の身を外にして身存す。其の無私なるを以てに非ずや、故に能く其の私を成す。


 「以其不自生」は「其の自ら生きざるを以てなり」と読んでしまいそうだが。まあ、またしかし、この書き下し文を現代語というか、わかるように解釈するのも手ごわいですね。一見すると相反することが並んでいるように見えます。「天地が永遠に続く理由は、自らを生かしていこうとしないから、だから長生きするのだ。聖人は其の身を後にすることで、その身が先になるのだし、其の身を外に置くことによって、その身が中にあることになる。それは無私であるからではないのか、無私であるからこそ私を成すのだ。」うーむ。禅問答のようです(笑)。ま、詳しくは先の保立道久先生の解説をお読みいただくことにしましょう。『老子』を説明するのは、百姓の手に余ります(笑)。


 ただ。
 「しかし、「天長地久」という言葉それ自身も『老子』にあっては決して単に目出度いというものではなかった。『老子』五章には「天地は仁ならず」「聖人は仁ならず」という強烈な思想があることは少し前に紹介した通りである。天地は人間とは関わりなく存在して人間を吹き飛ばすものでもあったのである。老子は、そういう天地と歴史の現実をふまえた上で、人間は天地と同じように、「自らを生ぜざる」という覚悟をもたねばならないというのである。これは自己意識の過剰を放棄するということであろう。」という保立道久先生の言葉は心に留まりました。自然は私たちにさまざまな恵みをもたらしてきてくれていますが、時に地震だ、台風だ、洪水だ、津波だと暮らしを脅かすのも事実です。「自己意識の過剰を放棄する」って難しいことだけれど要するに「無為自然」ということなのだろうか。


 「サステナブル」(sustainable)という言葉が最近は大はやりで(「ガバナンス」governanceも「エビデンス」evidenceも、普通にテレビの日本語の会話の中に登場してくるようになって、ずいぶん煙に巻かれてきたのですが(笑)、最近はすこし慣れてきました)、「持続可能な」というような意味なのだそうです。(赤尾の『豆単』とか『しけ単(試験に出る英単語)』には出てきてたのかな(笑)?)


 サステナブルな、持続可能な社会や世の中にしていこう、という動きがありますが、まあ、当然なことで、普通は誰もが社会や世の中はサステナブルな、持続可能なものだというのが大前提で暮らしていますからね。でもだんだん世の中は、地球はサステナブルな、持続可能なものではない、と思わせられて来ています。それはたとえば地球の温暖化だったり、急激な人口増加だったり、原発の事故だったり。
 農業はもともとはサステナブルな、持続可能なものだと思われてきたけれど、過剰な化学肥料や薬剤の使用で農地がやせてきていると言われています。そうしてだんだんサステナブルな、持続可能なものでもなくなってきているのではないか、と心配されています。もっとも地球の温暖化がすすめば今のような農業は続けられなくなります。
 「天長地久」といい、「天地長久」といい、「天壌無窮」といって、安心していられる場合ではないということは、みんなウスウス気がついているのだが、身動きできないでいるということなのかなぁ、と。


 というようなことをぼんやりと考えていたら、開高健がよく色紙に書いていたという「明日世界が滅びるとしても、 今日君はリンゴの木を植える」という言葉を思い出した。これもまた解釈の難しいというか、いろいろ解釈できそうだけれど、もともとはマルティン・ルターの言葉を利用したものらしいです。
 もちろん百姓の私は、リンゴの木ならぬ稲の苗を植えるしかないのです。何があろうと、明日世界が滅びるとしても、静かに心穏やかに、去年と同じように、今年も稲の苗を植える。
 「Study to be quite.」というのもありましたな。


24日(水)
 朝から晴れているが、やはり風が冷たく寒い。
 今日は午後は県のオーガニック栽培の研修会に参加の予定。
昨日と同じ紙、同じインクなのだが、ペンはガラスペンでなくGペンを使ってみた。北海道産大豆を使った「とろける豆腐」をいただく。これでいいのだ。

今日も気温が上がってビビ号も大麦も落ち着いて見えることと水出し茶のこと。


 朝は3時半に起きたが、ウダウダして仕事を始めたのは4時半ぐらいから。まだまっくらです。でも異常に暖かい朝という感じ。晴れていたしどんどん気温も上がってありがたい。
 午前中は精米など。
 午後は農協で振込など。うーむ。通帳残高がクルシイが、なぜ?(笑)。
 ビビ号も早春の陽射しを浴びて目を細めたりしている。先日の雪で真っ白になった大麦の圃場も雪が解けて緑の葉が元気でした。そういえばヘアリーベッチの圃場も軽トラのクルマの窓からちょっと見たけれど、消えてはないようだ。でも色はもう一つかなぁ。もっと春の光を!


 
 図書館で借りている石川直樹『この星の光の地図を写す』は、今日が返却期限だった。忘れていた。明日、返さなくては。もし、次の予約が入っていなければ続けてもう一度借りて眺めたいな。ほとんど毎日眺めているのだが、蛇腹の標準レンズ一本で撮られた旅の写真なんだが、スバラシイです。隅々までなにが写っているのか、眺めてしまいます(笑)。


 久しぶりにのパイロットの色彩雫シリーズの「山栗」のインクでガラスペンを使ってみる。うーむ。「山栗」なので焦げ茶色っぽい色なんですが。この前の割りばしを削って耐水性のある漫画用の黒インク(墨汁?)よりはスルスルと使いやすいけれど、・・・。なんとなく早春の土の色という感じがしていいかも(笑)。
先日、ラジオで日本茶(緑茶)の話をやっていた。で話題が水出し茶になって興味を持ちました。普通はすこし冷ましたお湯を使いますが、冷たい水で出すのだそうです。そのかわり時間は30分から一晩くらいかかるのだそうです。カフェインやタンニンが低い温度では溶け出さないので、渋味がでずに甘いお茶になるだとか。うーむ。

春の陽気と親バカとたくあんで飲む

 今日は朝からよく晴れて気温も上がり、暖かく春の陽気そのものでした。ありがたい。
 庭の紅梅は先日から咲いているのですが、白梅の方はどうかな?と思いましたが、こちらはまだもう少しというところです。
 午前中は事務仕事と精米など。





 それから。






 それから先日から長男が長女やら次女やら次男やら「わしの部屋に物を置いたままにしていってしまいよった。」と荷物の整理をして、ブックオフに出したり捨てたりしているのだが、次男と次女の幼稚園の頃などのお絵描きが出てきた。うちの奥さんがまあ取っておいたのだが、先日次男に連絡したら「もう捨ててもええで。」ということだったので処分することにしたのだが、せっかくなので写真を撮ってから処分することにする。たくさんあったのでけっこう時間がかかる(笑)。写真を撮っていたら奥さんが出てきて「持って帰ってきたときに、もっときちんと観てやってればよかったけど、・・・。賞状もらったのもあるし、これなんかすごくよくない?」などと言う。まあ親バカなのだが、あたしも同感なのでありました。次女は美術関係ではよく褒めてもらっていたし、次男は黄色が好きで、なんだか黄色のクレヨンをよくすり減らしてました。考えてみれば子育てにあれこれ気をもむ時間も短いような気がします。って僕は気楽にこんなことを書いているけれど、奥さんはまた僕とは違う感慨でありましょう。ええ、詳細は書きません(笑)。もうちょっと絵に光を当てたほうが良かったんだけど、まあ、いいや。そんなことは。
 あと幼稚園や小学校などなど、お世話になった先生方への感謝の気持ちがあらためて湧いてきているところです。ありがとうございます。


 庭のプランターも春の陽射しになんだか賑やかな色彩(笑)。



 でもって、私は春の夕暮れの光の中で、たくあんをアテにして冷たいビールをいただくのでありました。こういう日曜日はちょいといい心持ちでやんすな(笑)。

雪どけの田んぼと大盛りのざるそばと『70歳、これからは湯豆腐 私の方丈記』とエストニアのギターリフ



19日(金)
 午後から晴れてくる。
 今日も早起きしたのだが、朝から事務仕事をして、午後は精米など。事務仕事でミスがあって、隣の郵便局の集配時間に間に合わなくなって、ちょっと大きな郵便局まで持っていく。
 帰りに田んぼで伊吹山の写真を撮ろうと思ったが雲に隠れて肝心の伊吹山がちょうど見えないタイミング。まあ、いいけど。田んぼの雪もずいぶんとけてしまいました。



20日(土)
 今日も早起きして朝から事務仕事。お昼までに精米も済ませる。
 お昼に長浜の本局のゆうゆう窓口に行き、その帰りに蕎麦屋さんに寄る。大盛りのざるそばを注文する。いかにも大盛りでござい、という盛りつけでちょっとうれしかったりする。本当は昼から居酒屋で湯豆腐といきたいところだが、クルマの運転もあるし、コロナ禍だし、午後の仕事もあるし、いくら一人だからといってそうもいかない。


 午後はうだうだしてしまう。(結局、うだうだかい!)というか太田和彦『70歳、これからは湯豆腐 私の方丈記』(亜紀書房)を読了する。
 えー、湯豆腐の話はあまり出てきません(笑)。74歳になった著者が豊かな「ひとり時間」の過ごし方を記したエッセイ集。この人の本は文体で読ませる文章で、断定する文体がいささか気になるときもあるが、概ねなじんでいる私にはすらすらと読めてしまって心地いい。私の方丈記とあるが、どちらかというと徒然草ではないかという気もする。現役を引退してからの身の処し方みたいな文章が私には身にしみました。私のように40代前半で転職して就農したような人間には、いろいろ思い当たるところがあったのです。農業に定年はなく体力の続く限り出来る仕事ですが、給料取りの世界から就農するとどこかリタイヤ感を世間の人は持つところがあるようなので(笑)。
 ま、そんなことはともかく私も今年は還暦ですし、若い人も出てきそうな気配ですから、またいろいろ考えなくてはいけないことも出てきます。しかし私の場合、50代前半でこれからは湯豆腐、と思ったフシがあるなぁ(笑)。



Lexsoul Dancemachine - Nu Reality

 さて。
 エストニアからお送りするLexとオジジのダンスバトルだぜ。ギターリフが美しいので自然に身体が動いてしまう。ま、コントはいささか演技がクサイが(笑)。
 しかし、このオジジたちはなかなか派手ですな(笑)。いつ覚えたんだ?このオジジ達が若い頃にはこんなブレイクダンス?は無かったろうに。ひょっとすると若い人がオジジメイクしているのか?
 ま、田舎者にディスコは無縁でしたが。『サタデーナイトフィーバー』は高校生の時にテレビのゴールデン洋画劇場で観たぜ(笑)。
 クィ、クィ、スロー、スロー、クィ、スロー、スロー。うーむ。そりゃ、私も草刈民代さんがお相手ならダンス教室に通ってしまうかも。っていかにもオジジの考えそうなことだなぁ(笑)。

21日(日)
 さて、日曜だが暖かくなるようなので、頑張るぜ。(ってほんとか!?)