現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

台風22号の雨と読書週間と「産婆になりましょう」

アーサー・ビナード『日々の非常口』(

28日(土)
終日、雨ときどき止む。やれやれ。
昨日から読書週間ということだが、昔はわりとはっきりと読書週間を意識していた気がするが、ここ最近は、さっぱり意識の外に出てしまっているのだが、もうあまり本屋さんにも行かないからだろうな。読書週間といっても2週間ほどあるので、あわてなくても2週間あれば、文庫本なら1冊か2冊は読めそうです。と文庫本と書いたけれど、老眼鏡が必要な身になってみると、文庫本の文字サイズはちとツライかも(笑)。
そんなこんなで寝転がって文庫本を読んだりする。
夕方から農事組合の水路点検と中間認定会の寄り合い。夜は懇親会。



29日(日)
台風22号が近づいてきていて、終日雨。いやはや。午後はけっこうな降り方である。風はまああまり吹かず。
午前中はお米の配達など。午後は囲碁のテレビ番組を観たりしてゴロゴロ。その後次女を送るついでに本屋さんに寄り、ムック本を買い、読書週間だし、図書カードで支払ってみたりする。
夜は、寄り合い。


アーサー・ビナード『日々の非常口』(新潮文庫)を読了。朝日新聞に連載されたというエッセイ集で、えー、10年くらい前に書かれたものです。いや〜、おもしろかったです。アーサー・ビナード氏については、名前だけは知っていたのですが、読むのは初めてでした。“日本人より日本通の詩人”ということです。1967年、ミシガン州生まれの詩人ですが、エッセイもたくさん書いておられるようですね。うーむ、僕より六つ年下かぁ。なるほど。いくつもスバラシイエッセイがあったのですが、一つだけ、紹介してもいいかな。わりと短いし。それは「産婆になりましょう」というタイトルです。


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       産婆になりましょう


1945年8月6日の夜、広島市のビルの残骸の地下室に、大勢の負傷者が避難していた。栗原貞子は「生ましめんかな」という一篇の詩に、その様子を描いた。


     こわれたビルディングの地下室の夜であった。
     原子爆弾の負傷者たちは
     ローソク一本ない暗い地下室を
     うずめていっぱいだつた。
     生臭い血の臭い、死臭、汗くさい人いきれ、うめき声。
     その中から不思議な声がきこえてきた。
     「赤ん坊が生まれる」と云うのだ。
     この地獄の底のような地下室で今、若い女
     産気づいているのだ。
     マッチ一本ない暗がりでどうしたらいいのだろう。
     自分の痛みを忘れて気づかった。
     と、「私が産婆です。私が生ませましょう」と云ったのは
     さっきまでうめいていた重傷者だ。
     かくてくらがりの地獄の底で新しい生命は生まれた。
     かくてあかつきを待たず産婆は血まみれのまま死んだ。
     生ましめんかな
     生ましめんかな
     己が命捨つとも




無防備の命の力強さと、原爆にさえもひるまない人間の、生物としての優しさを描ききったこの作品を何度読んでも、胸と腹を同時にグッと打たれる。読むたびに翻訳したい衝動に駆られてきたが、「生ましめんかな」に見合う英語を探しあぐね、てこずったままだった。「生ませましょう」の意味だけストレートに英訳してしまうと、物足りなく終わってしまう。文語体の「生ましめんかな」にはもっと深く根づいた、くそ度胸にも似た抵抗のの意思が込められている。
ミシガン大学出版局から、栗原貞子英訳詩集『Black Eggs』(黒い卵)が届いたとき、僕はまっさきに目次で「生ましめんかな」を探した。が、そんなタイトルはどこにも見当たらない。146篇を収めた分厚い一冊で代表作が入っていないはずはないのに・・・と。もう一度ゆっくり眺めると「みんなで産婆になりましょう!」といった感じの“Let Us Be Midwives!”が目につき、まさかと思ったら、それだった。
ひどく違和感を覚え、半分否定しかけてから読み出し、最後には納得して、翻訳者のリチャード・ミニアーに脱帽した。産婆を複数にして大きく広げることで、「生ましめんかな」の度胸が英語に生まれ変わる。英語でもなんとも優しい、くそ度胸なのだ。


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栗原貞子の「生ましめんかな」は、僕も何度か読んだことのある、すごみのある詩ですね。スバラシイです。それをアメリカ人のアーサー・ビナードさんが「胸と腹を同時にグッと打たれる。」と紹介していることにも、僕はグッときてしまうのですが。確かに文語体の日本語を読むビナードさんの日本語の読解力もそれを表現する力も素晴らしいですね。「くそ度胸」ですよ!ああ、でもそれにしても、「生ましめんかな」はすごみがあります。“Let Us Be Midwives!”かぁ。