現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

事務仕事と蕪の漬物と「子夜呉歌」


今日もいい天気、午後は少し薄雲がでてきましたが。
午前中は精米など。午後は事務仕事でいくつも書類を書き、農協や共済組合、市役所等へ書類を提出する。えー、ほとんどが電話で催促された書類で、まったくもって申し訳ありません。ま、みんな、この時期なら稲刈りが終わっているだろう、書類を書く時間も取れるだろう、と締切を設定しておられるのだとは思いますが、今年は稲刈りがずいぶん遅れたので・・・、などとあれこれ言い訳はあるのだが、ま、いつものように、「締切を過ぎていて申し訳ないけれど・・・。」と謝りつつ提出してきました。いやはや。
というわけで今日の秋の好日を事務仕事に費やし、田んぼは朝と夕方に見て回っただけになりました。ふー、しかしなんだな、いつの間にか、事務仕事が億劫になってしまっているな。ま、若いときから億劫だったのだが、それなりに徹夜してでも締切は守るぜ、という意識はあったのだが、いつの間にか頭の中は「流れる雲の如し」じゃないな、えーっと「河童の川流れ」でもないし。えーっと適した言葉が思い出せないが、「時の過ぎゆくままに」状態ではあるな。うーむ。
食卓に蕪の浅漬けというのか一夜漬けというのか、漬物が出るようになった。あははは。大好物。えー、まあ、クズのようなまだ小さな蕪をささっと一夜漬けにしてもらったものですが、うまいんだ、これが。ええ、これがあれば、ご飯はどんどんすすみます。あ、いや、ご飯もおいしいんですけどね(笑)。



現在うちで購読している新聞は「中日新聞」なのだが、ここに「学童作品紙上展」という子どもの書道の作品が紹介される。僕は以前からこの紙上展の小林巧先生のコメントファンで、記事が載れば必ず読ませていただいています。褒めて育てる、というか、作品の良いところを上手に見つけて褒めておられるのです。それからアドバイスが、この作品からそんなことがわかるの?というアドバイスで、それがまたむずかしいことを要求しているわけではない、というのが、実に絶妙で毎回感心もし敬服しております。



今日は月齢14.0の月が薄雲の向こうに輝いているのですが、ふっと李白の詩を思い出す。あ、いや、昨日のブログで「一片の雲もなく」と書いたからですが。書き下し文にしてみましたが、これだけではよくわかりませんね。高校の時の教科書に載っていた漢詩です。


   長安の夜空に月が浮かんでいる
   多くの家からは衣を打つ音が聞こえ
   秋風は絶えず吹き続けている
   これらはすべて玉門関に向かった夫への思いを募らせる
   いつになれば北方の異民族を平定し
   夫は遠征を終えて帰ってくるのだろうか


と頑張って現代語訳してみましたが、最初の一句目の「長安一片月」がなんともロマンチックで、この一句だけですーっと唐の都長安の秋の夜空に心が奪われてしまいます。「衣を打つ」とか「玉門関」とか、ちょっと辞書を調べないとわからないこともありますが、夫が遠い戦地に連れて行かれ、その一日も早い帰りを願う妻の心持ちを李白が詠んだことはわかりますね。
「玉門関」はいわゆる関所ですが、天山山脈の北側を通るシルクロード天山北路にありますね。南側の天山南路の関所は「陽関」です。いずれにせよ都の長安に暮らす人にとっては地の果てという感じなんでしょうね。「衣を打つ」というのも今では廃れてしまった習慣ですから、なかなかイメージが掴みにくいですが、織り上がった衣や洗濯した衣を木槌で打って、柔らかくしたり光沢をだしたりしたんだそうです。今のアイロンがけに近い作業だったのかもしれません。女性の作業だったらしくて、その衣を着る夫や恋人を思いつつする仕事だったのでしょうね。現代でもアイロンをかける女性はあれこれ思っているのでしょうね、たぶん。ちょっと気の利いた男性、おしゃれな男性は自分でアイロンがけをしますが。
日本史でも世界史でも学校で歴史を習うと、人類の歴史は常に争いの歴史であることがわかります。それゆえ江戸時代の260年間やこの戦後の73年間が、いろいろ問題や事件はあったにせよ、繁栄というのか、文化の醸成とある意味落ち着きがあったのは確かですね、たぶん。このままこの国に「戦後」がずっと続くように頑張らねばなりませんね。子どもたちが大人になりかかっている親としては、そんなことも思います。しかし、それはそれとして、「長安一片月」の一行のなんともロマンチックなこと。