そんなにたくさん本を持っているわけではないのですが、うちの本棚にある本で一番いろんな人に読まれたのは井伏鱒二の『厄除け詩集』(筑摩書房)です。1977年が初版で僕が持っているのは1994年の7刷のやつ。持っているのなら貸して欲しい、と三人から言われたのはこの本だけです。
もちろん、すごくいい詩集でいくつもいくつも好きな詩があるのですが、
- 熊がなだれにのって山をすべりおりるさまを眺めるおだやかさ
- 歳末に棟瓦にまたがって「これは眺めがよい」と呟いてみる心境
- 一人仲秋の名月の夜に「よしの屋」で蛸ぶつと枝豆ををあてに初恋を偲ぶ夜と洒落込んでみる心持ち
などなどたまらない名品ぞろいです。
でも一番有名なのは「勧酒」でしょうな。井伏鱒二の名訳です。
昨日の夜、寄合があって、終わってみんなで外に出てきたら、雨はまだ降っていなかったけど、すごい風。誰ともなしに「桜が散ってしまうなぁ」とおっしゃる。
「せっかく満開やのになぁ」
「こういうのなんとかいうんやな」
「花の嵐とかなんとか・・・」
その時ふっと浮かんだのが「ハナニアラシノタトヘモアルゾ サヨナラダケガ人生ダ」というフレーズだったのですが、もちろんそんなことは高吟せず、胸の奥底にしまって
「『愛染かつら』ですか?」
「うひゃ 花も嵐も〜かぁ?古いのを知ってるやないけ〜」
♪花も嵐も踏み越えて〜 行くが男の生きる道〜」いや、もちろん『愛染かつら』がどんな話かも知らないのですが、この歌の出だしだけは知ってます。うまく言えませんが年寄りにウケるというのは気持ちのいいものですな。