現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

苗代の下張りをはずす

今日は天気が良くなるという予報で、苗代の様子をみてみたらだいぶ芽が出てきて緑色になってきているので、下張りのオレンジの有孔ポリを取ることにする。苗代のトンネルの中が緑色になってくると安心する。ほんとに。一日遅れで催芽機に入れて播種した苗箱も一日分遅れてはいるけど緑色になってきているので、こちらも下張りの有孔ポリをとることにする。
無加温で播種してすぐ苗代に並べて農ポリでトンネルをつくるという苗代をしているので、こうして並べた箱の上にベタと張っておいた有孔ポリをとってすでに緑化した葉が出てきているとホッとします。ありがたいことです。ま、今年は三度に分けてする播種一回目が終わっただけなんですけどね。まだまだこれから。
これからはトンネル内の温度管理も大事になるので温度計をトンネルの中にぶら下げる。


午後は次男のスポ少の野球の審判講習会に参加。風が冷たくて思ったよりは暖かくならない。あれこれ塁審の動きを教えてもらうけれども、頭ではわかるのだが、なかなかね、その場その場で判断していかなくてはならないので、場数を踏まないと難しいことだと思いますね。


日高敏隆選集V 動物はなぜ動物になったか』読了。これは70年代初期にかかれたエッセイ集のような体裁でしょうか。ムチャクチャおもしろいですこれも。楽しめます。読んだ尻から次々忘れていくので、こうして読み終わってもまともな感想文は書けないのですが、中に「忘れるための記憶」という章があって忘れることが生物として当たり前であり普通なのだ、ということとそれが発展して教育にたいする日高先生の疑問があれこれと展開されていきます。

どんな学問が好きになるかということも、その学問自体の体形の完全さとか、意味とか言うことより、先生のカッコよさで決まることが多い。とくに女の子はその傾向が強い。それは不真面目だという人もいるが、考えてみれば、これこそいちばんまじめなことではないだろうか?
教師はすべからくカッコよくし、自分で楽しいと思うことをしゃべり、それに熱中して、生徒と遊んでおればよい。生徒はものを覚えたくないとか、バカになろうなどとは思っていない(それを信じられなければ、教師であることをやめればよい)。必ず教師から何かをつかみとっていくだろう。「教える」という意識を捨てるべきだ、とぼくは考えている。

比較的長い文章の一部なので誤解されるようなところもあるだろうけど、正論ですよね。でもとても難しいことでもあるのでしょう。楽しいと思うことばかりをしゃべり、熱中して、生徒と遊ぶ。
梁塵秘抄の「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ」というフレーズが浮かんできます。もうぼくもいい歳ですし学校で楽しい授業を受ける機会も余裕もなかなかないのですが、いろんなことを楽しみ熱中し遊びにしてしまう(遊びになってしまう)という心持ちは大切なことなのでしょう。