現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

山口瞳・開高健『やってみなはれ みとくんなはれ』

山口瞳・開高健『やってみなはれ みと

書こうと思っていたことが、何かあったような気がするのだが、思い出せない(笑)。
思い出せないから、たいしたことではないのだろう、と昔は思っていたけれども、最近はたまにそれがたいしたことだったりするので、油断できない(笑)。ま、何がたいしたことで、何が些細なことか、もうそれさえもあやふやになりつつあるのだが。


山口瞳開高健『やってみなはれ みとくんなはれ』(新潮文庫)読了。えーっと、これはもともとサントリーの社員だった二人が、「サントリーの七十年」という社史用に書いた文章で、昭和四十四年の『小説新潮』の7月号・8月号に載ったものだそうです。どこかで開高が、そういうものを取材して書いた、と書いていたのを覚えているのだが、これがそうだったのか。なるほど。おもしろいです。山口瞳は「青雲の志について-小説・鳥井信治郎」で戦前篇を、開高健は「やってみなはれ-サントリーの七十年・戦後篇」をそれぞれ書いています。昭和四十四年。小学校の三年生ぐらいですかね。「赤玉ポートワイン」のことは覚えています。家でも一度か二度見た覚えがあります。まだ、こんなん売っているのか、と思いました。トリスはテレビのCMでしか知りません。開高健山口瞳のコピーもテレビで流れていたのをよく覚えています。世間はどうだったのか知らないけど、うちはまだテレビが白黒だった。
父は夏のほんの一時期だけビールを飲むぐらいで、ほとんど日本酒しか家では飲んでいなかったようなので、ビールも家にあった記憶があまり無いですね。だいたい冷蔵庫を買ったのもうちは遅かったし。あ、カラーテレビも遅かった(笑)。だからウイスキーはもちろん高級品だし(舶来もん、という言葉はウイスキーで覚えてような気がする)、ビールはちょっと贅沢なイメージを持っていました。でもサントリーの「純生」のテレビCMもハッキリよく覚えている。


こうして読むと山口瞳開高健の文体やらキャラクターの違いが際立ちますね。しかし、ふたりともお世話になった会社だからといって、本当に社史を書きたかったのかな。山口瞳はちゃんと社史を書いています。開高健の方は社史にあらずという文体で社史を書いてます。


僕は一時期、サントリーウイスキーなんて、やだな、と思いつつたくさん飲んでいたけど(当時はスコッチやバーボンやVSOPやズブロッカが飲みたかったんだナ。)、今は、全く抵抗がなくなった。ビールも、たとえば「金麦」のようなビールではないものもビールと呼ぶようになった。
「辻井農園」は寿屋というかサントリーとは全然違うけど、ま、僕も頑張らねばならない。飲まずに入られないが、飲み過ぎには気をつけなければいけないようになってきた。頑張るぜ。


そういえば、開高健の文章の中に、
「政治宣伝に比べればコマーシャル宣伝などなモノの数ではない。その執拗、深刻、苛烈、また人をのっぴきならない所へ追いつめ追いこみ、殺し合いを煽りたて、そそのかし、しかも責任のありかがまったく不明だという点で政治宣伝ほど恐ろしいものはないのである。ヨーロッパは政治宣伝の修羅場であったし、今もそうであるが、日本には“天皇陛下のために”という唯一最大のキャッチフレーズがあるきりで、それで一切がはこばれたから、政治宣伝らしい政治宣伝はなかったんだといってもよい。だからその威力の底知れなさが骨身に沁みていないところがある。今後はそうではすまされないのかもしれぬ。沁みたときはいつでももう手遅れで、どうにもならなくなっている時であるが…。」
などと書いてある。ここ数ヶ月の世の中を眺めてみるとき、なんだかイヤな感じがするのである。


あ、思い出した。GarageBandを立ち上げて、キーボードでベースを鳴らしてみました。なるほどな。GarageBandの機能は、音が音楽になる喜びを感じさせてくれるはずなのだが、ま、そこに、敷居の高さはあるのですな。音楽を作ること。絵を描くこと。字を書くこと。スポーツをすること。詩を書くこと。Webデザインをすること。パーソナルコンピュータはその敷居を下げてくれましたが、下げてはくれたけど、依然として高さはあるのです。ま。そういうものですわな。
YouTubeで1080pのHD画質にすると、大きな牡丹雪がたくさん見れます(笑)。