現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

畦塗りと種子法の廃止と大岡信『折々のうた』

大岡信『折々のうた』1980年3月21日第

午前中は天気が良かったので、張り切ってトラクタに畦塗り機を取り付けて出かけていったのに、・・・。うーむ。畦塗り機に負荷がかかると止ってしまうじゃないか。3メートルしか塗れない。やれやれ。どうもトラクタのPTO(パワー・テイク・オフの略です。トラクタにつけるいろいろなアタッチメントに動力を伝える仕組みです。)と畦塗り機側のジョイントがうまく接合していなかったんですな。少し古いトラクタなのでカプラーが必要なのですが、このカプラーがたぶん油切れでスムーズに動いていなかった様です。
そんなこんなで出鼻をくじかれた感じの畦塗りですが、その後はそこそこ順調に塗ることが出来ました。ま、でも午後は曇り空になり風がでて、フルオープンのトラクタでは寒かったのですが。
いつもは帰ってきたらまずビールなのですが、今日は焼酎のお湯割りから。身体が温まります。


そういえば、昨日のブログで名前が思い出せない、と書いた草はノカンゾウ(忘れ草)ではないかと教えていただきました。ありがとうございます。ええ、そうです。ノカンゾウ。(ひょっとするとヤブカンゾウ。)花もこのあたりでちょこちょこと見かけます。この若芽の数の分だけ花が見られないのは、夏に地域の総出の草刈りがありますので、たぶん草刈り機で他の草と一緒に刈りはらわれてしまうからでしょうね。謝謝。食べられるんじゃなかったっけ?とも書きましたが、クックパッドで酢みそ和えだのヌタだのにするのが出てきてました。酢みそ和えとヌタは同じもの?「ぬたなます」という言い方もありますね。うーむ。


今朝の日本農業新聞のコラム。


あんまりテレビでは取り上げられていないみたいだが、種子法を廃止する法律案が国会で審議されている。種子法というのは主要農産物種子法の略なんですが、稲・麦・大豆の種子の開発や生産普及を都道府県に義務づけています。なんだか大手の国際的なバイオ企業に種子が支配されてしまうのではないか、という不安を感じるなぁ。種子を支配するということは食料を支配するということにつながりますから。開発途上国で欧米の企業に種子(遺伝子組み換え穀物)を握られて除草剤とセットで苦労しているという話をよく聞くからです。多様性の問題もありますね。
杞憂ならいいのですが。


大岡信さんが86歳で亡くなられたという。朝日新聞の一面に載ったコラム「折々のうた」をずっと楽しみにしていた頃がありました。岩波新書も何冊かあるはずです。本棚から探してきた最初の『折々のうた』の新書は1980年3月21日第一刷とありますから、たぶん大学一年の四月あたりにこの新書を買ったンではないでしょうか。ぺらぺらめくって、一つだけ紹介。

   
   ”燭(ともしび)を背けて 共に憐れむ深夜の月 
   花を踏んでは 同じく惜しむ少年の春         白居易


和漢朗詠集』巻上「春夜」。白居易(白楽天)は唐の詩人だが、平安朝日本での崇拝ぶりは他に比類なく、朗詠集採録の詩句の数も断然他を圧していた。当時、李白杜甫もあったものではなかった。ともしびを壁に向けて暗くしては友と二人深夜のさえわたる月光を愛で、落花を踏んでは過ぎゆく若い歳月をともに惜しむ、と歌う。この詩句のういういしい感傷に心うたれる人は、昔に変わらず今も多いだろう。”


もともとの白居易漢詩


    春中與盧四周諒華陽觀同居
   性情懶慢好相親 門巷蕭條稱作鄰
   背燭共憐深夜月 蹋花同惜少年春
   杏壇住僻雖宜病 芸閣官微不救貧
   文行如君尚憔悴 不知霄漢待何人


ですから途中の二行だけが日本で有名になったんですね。
当時は、というか今でもですが、友情ものに弱い僕はこの詩句を読んだときのキュンとなった感覚を覚えています。唐の時代の青年のことを思い浮かべて響いたのではなく、友と酒を飲みつつ深夜まで談笑するというイメージにあこがれたのですね。ま、大学一年の下宿生活がはじまったばかりのういういしい春ですから。