現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

白いごはんのはなし

tsujii_hiroaki2007-12-05

その昔、開高健がどこかのエッセイの中で漁船に乗ってマグロの刺し身を食べたんだ、と書いていた。もう25年も昔に読んだので何もかもがあいまいだけれど、マグロの漁船に乗って、釣り上げたばかりのマグロを船の上で漁師さんに刺し身にしてもらったんだと。でもって無造作に皿に並べられたマグロを、これまたドボドボと垂らされた醤油にワサビをつけて食べるんだけれど、この刺し身をアツアツの炊き立てのご飯の上にのせてご飯と一緒にハフハフしながら食べたマグロの美味かったこと、という話でした。本棚のどこかにあるはずなんだけど、もうどこに書いてあったかもわからないほど。
当時、これを読んだ僕はその描写にいたく感激して、「アツアツご飯にマグロの刺し身をのせて食べたいもんやねぇ」と富山県氷見市出身の後輩に話したのでありました。「ああ、ツジイさん、そうなんですよ、まっ白い熱いご飯と一緒に食べる刺し身がほんとに旨いんですよ。そりゃ、熱燗で刺し身もいいんですけど、本当の旨味はご飯が一番ですよ」と言うのでした。富山の氷見はトレトレの、キトキトの魚の揚がるところである。そこで生まれ育った男が言うのだから、間違いはない。もっとも当時貧乏学生だった彼も僕も酒屋で買ってきた酒を下宿で飲む、というのが通常のスタイルだったし、飲む酒は安いウイスキーやらビールやらが中心で、地酒の日本酒は冷でそのまま飲むのが普通でした。旨い刺し身を日本酒のヌル燗でいただくなどというようなことはほとんどなかったのですけど。


日本の食生活もずいぶんと変わってきて、朝食はパンという家庭も増えてきているようですし、外食、中食(おむすびや調理パン、弁当といった外食と手作りの食事の中間にある加工食品)も増えてきました。しかし考えてみたら、白いご飯といろんなおかずというのが基本ですね。味覚を育てるのは離乳期からでしょうけど、小さい時に薄味になじむことがないと白いご飯が苦手なることがあるようですし、子どもの喜ぶ卵やふりかけ、お茶漬けにしたり味のついたご飯を食べる習慣がつくとおかずを食べない好き嫌いが多い子どもになってしまうともいいます。白いご飯は和洋中どんな料理にも合いますし、肉や魚にも野菜もどんなおかずもおいしくいただけます。家庭の食卓でも子どものころからちゃんと白いご飯とおかずを一緒にバランスよく食べさせるのがあたりまえとなれば、米の消費も増え農家としてはうれしいです。


おいしいものを何でもおいしく食べることができる、というのは本当に幸せなことだし、子ども達には好き嫌いなく味覚もちゃんと育てて欲しいと思っています。だいたい子どもはケーキやアイスクリーム、ジュースなど甘いものは大好きですけど、酸味や苦味、辛味は苦手です。でも同じ食卓で家族がおいしそうに食べているのを見ているうちに自然とそういう味にも触れておいしく感じられるようになってくるものでしょう。やっぱり家族で一緒に食卓を囲むというのが大事ですね。


 子どもの時になじんだ味が人の味覚や食べ物の好き嫌いに大きく影響しますよね。子どもの時に油分の多い濃い味付けのものばかり食べていると大人になっても薄味の和食になじむことが難しくなるかもしれません。そればかりか「キレやすい」「イライラしやすい」という最近の子供たちの特徴も糖分の摂り過ぎやカルシウム不足が心や体に影響を与えているともいわれています。体のためにはもちろん、心のためにもお勧めはご飯に和食でしょうか。大人になっても忘れられない「お袋の味」としてなじませることが、豊かな味覚を育てる近道なのでしょう。




さて、『藤沢周平全集 第九巻』に収録されているのは『用心棒日月抄』ですが、これがなんともおもしろいです。めっきり寒くなった今日この頃ですが、子供たちを寝かしつけるために早めに(早めにっていう遠慮がちな表現が時間が何時なのか・・・それは秘密ですがほんとにわりと早いんですよね、これが。)蒲団に入り、島田ゆかさんの「バムケロ」シリーズや「ガラゴ」シリーズを読んでやったりしながらどちらが先というわけでもなく寝てしまうので、不意に夜中の11時や3時やら4時5時という時間帯に目が覚めたりするわけです。蒲団の中は暖かいけど、部屋の空気はすっかり冷たくなっているのがわかるのですが、ごそごそと腕を伸ばして枕元の電気スタンドを点けて、『藤沢周平全集 第九巻』を開けます。至福ですな。手や首や肩が冷えたり痛くなってきたりすると、本を閉じてまた眠ったりするのですが、これもいい感じ。ごろごろと暖かい蒲団の中で体丸めて読むのですが、読むといくぶん背筋が伸びるような塩梅の文章で。7時前に起きるのですが、背筋がいくぶん伸びているので、白いごはんがおいしいのです。いや、もともとおいしい御飯ですが、いちだんとおいしいのですな。学校へ行く子供たちとちゃんと一緒に朝ご飯を食べて、声をかけて送り出す、というようなあたりまえのような日常が、いくぶん伸びた背筋の分だけ何やら新鮮に思えたりするのですな。枕頭本に『藤沢周平全集』をお勧めします。