現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

畔直しと『雑文集』


朝は天気が良かったけれど、夕方から雨の予報。
何枚かの田んぼに水を入れる。代かき(こなし)の準備です。で、尻水戸や水口など水路回りをみて、新しく板をのこぎりで切って水路にいれたりする。それから畔塗りに失敗した田んぼをやり直すべく、畔際に土を寄せたりする。ま、こういう鍬を使う作業もおもしろいといえばおもしろいのですが、体力と根気のいる農作業そのものです。


午後は思いのほか早くから雨が降りだす。


村上春樹『雑文集』読了。って遅すぎるけど。以前も書きましたが、すっかり枕元に本を置いて、蒲団の中にもぐって枕元の電気をつけて本を読むということが、つらいというか、文字が読みづらくなってきて、いやはや、というかやれやれ、というところです。ああ、でも『雑文集』はいい本でした。ポツリポツリと読んできたんですが、楽しめました。
“僕の小説が語ろうとしていることは、ある程度簡単に要約できると思います。それは「あらゆる人間はこの生涯において何かひとつ、大事なものを探し求めているが、それを見つけることのできる人は多くない。そしてもし運良くそれが見つかったとしても、実際に見つけられたものは、多くの場合致命的に損なわれてしまっている。にもかかわらず、我々はそれを探し求め続けなければならない。そうしなければ生きている意味そのものがなくなってしまうから」ということです。”という文章が今朝読んだところに出てきました。まあ、当たり前といえば当たり前の文章ですけれども、村上春樹の小説の中にいつもある疎外感や喪失感をふと思い出しました。


先日アマゾンから小林朋道『先生、シマリスがヘビの頭をかじっています』『先生、巨大コウモリが廊下を飛んでいます』(築地書館)、末次由紀ちはやふる 12』が届きましたが、『ちはやふる』はすでに読了、小林先生のは『シマリス』の方から読みはじめました。


などとグレン・グールドの『ゴールドベルグ変奏曲』(新録音といっても81年ですが。)を聴きながら書いているのですが、何度聴いてもすばらしいです。ほんとに。グールドのこのCDに出会わなければ、たぶんバッハを聴くなんてこともなかったんだけど、グールドの名前を知ったのは村上春樹の『風の歌を聴け』だったのでした。ベートーベンのピアノ協奏曲第3番。いや、まだ聴いたことはないんです。