現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

大豆の刈り取りと辛抱する木に花が咲くのだ、レノン号よ。


朝一番にお米の発送。
で、小さい方のトラクタをしまおうと洗車しかけたら、お昼前に大豆コンバインが空いてきた、ということだったので、使わせてもらうことにする。
大豆は、コメの収穫に使うコンバインでは収穫できないので、専用の、というか汎用コンバインというのがあって、それで収穫します。もちろん個人で持っておられるところもあるのですが、うちのような大規模経営とはいかない、小さい農家ではとても汎用コンバインまで手が回らないので、農協のコンバインを共同で使わせてもらいます。今日もお願いしておいたのですが、コンバインが空いてない、ということだったのです。ま、当然のことながら共同で使うので、自分の都合のいい時にいつでも使えるとは限らないのです。でも、すでに準備はしてあるので、使える時には使わせていただこうと、天気に大いなる不安はあったものの急遽、大豆の収穫をすることにしました。


13時までで圃場一枚終了。収穫した大豆を軽トラで運んで乾燥機に入れます。で、昼食。天気が心配なので、休憩もそこそこに次の圃場へ出撃。もうすぐ一枚終了できるというところで雲行きがどんどんあやしくなってきて、パラパラと雨が。やれやれ。パラパラかな?と思っていたら、雨がどんどん強くなるではないですか。いやはや。もうあと一往復すれば終了できるのですが、これでは無理だし、軽トラに積んである刈り取った大豆も雨に濡らさないようにしなければいけません。軽トラにシートをかけたり、コンバインにテントをかけたり、バタバタと雨の中を走り回って、なんとか大豆は無事でしたが、僕の方はずぶ濡れ。秋の雨は濡れると寒いんですよね。
農協がコンバインを運搬用のトラックに積んでくれたのを確認して、大豆を家の乾燥機に入れる。乾燥機がいっぱいになったところで、車庫を開けておいたので、そこに蓆(ムシロ)を敷いて、そのうえに大豆を広げます。生の大豆はすぐに乾燥させないとカビが生えてきたりするんです。
ここまでで、雨で服が濡れていますから、身体が冷えているのか、労働で暑いのか、わからない状況なんです。すぐに熱い風呂に入りたいんですが、風呂の前に、風呂上がりのビールがないとさみしいので、コンビニでビールを買う。さらに愛犬のバカ犬レノン号のエサが無くなっていたので、これも少し買っておかないとうるさくて仕方がないのです。ま、僕の場合ビールがないとなるとツライのですが、レノン号は食べるエサがないとツライと思います。で、レノン号のエサもコメリでいちばん低価格商品を購入。


今日のところはこれで我慢してくれ。辛抱するのだぞ、レノン号。辛抱する木(気)に花が咲く、と南部牛追い唄にもあるではないか。わしは他にもいろいろさまざま辛抱しているので、ビールだけは辛抱できんのだ。だからわしはビールを買う。でもその中でも辛抱して、ビールといえども「その他の雑酒」とか「リキュール(発泡性)」とか、正式にはビールと言えないビールのようなもので辛抱しているのだよ。それにお前はお昼頃、すこし陽が射していたときに、ごろりと横になって気持ち良さそうに寝てたやろ。わしはその時、大豆コンバインに乗って操縦し、少しでも刈り取りロスを減らそうと悪戦苦闘しておったのだ。正式にはビールと言えないビールのようなものぐらい買って飲んでも許してくれるだろ?お前はその時ごろりと寝ておったのだから、コメリで最低価格の「愛犬貴族」で辛抱しておいてくれ。
しかし、なんだな。レノン号よ。わしは農作業中に三橋美智也の「達者でナ」とか「南部牛追い唄」とか、好きなので時々、口ずさむのだが、辛抱する木(気)に花が咲く、なんてのは、泣けるんだけれど、ツライんだよ。なかなか本人には咲いてる花が見えない仕組みなんだわ。わしには辛抱しているわしの木に咲いている自分の花が見えにくいんだなぁ。レノン号よ、お前にはわしの辛抱する木に咲いている大輪の花が見えているのかぁ?それともまだまだ蕾なのかぁ?まさか小さな花が咲いてすでにしぼんでいるんではないよなぁ。
レノン号よ。わしの百姓経験からいうと、どんな雑草でも、発芽してそこそこ大きくなったやつは、どんな環境でも、辛いシンドイ環境で大きく成長できなくても、人間が刈り取らない限りは、たいてい必ず花を咲かせタネを残すんだ。これがまた肥料のない所でもやっぱり花を咲かせタネを残す。背の低い短い草丈でも、時期が来れば、花を咲かせタネを残す。いやいや肥料が足りないところほどいよいよタネを残す。
レノン号よ。わしはわしの奥さんと出会い、この少子化の時代に四人の子どもを授かって、それぞれがそれぞれに成長しているところだから、やっぱりわし自身としては、花を咲かせてタネを残したことは、間違いないんだ。だからもうほとんど生物学的には人生をまっとうしたと言っても過言では無いはずなんだ。
でもレノン号よ。ここが人間の悲しいところなんだな。人生をまっとうした植物は枯れていくのだが、なかなか人間は枯れないんだなぁ。子を育み、孫を育むようになっているようなんだなぁ。わしにはまだ四人の子はあっても、孫は一人もまだいないから、じいちゃん、とか、ジイジになれるかもしれないんだ。そこにも花はあるんだろうなぁ。
とにかくよ、レノン号よ。辛抱する木(気)に花が咲くんだそうだからな。贅沢したい、なんて思っちゃなんねいぞ。贅沢は素敵だ!なんて、思える程度のその程度の贅沢で辛抱しないとナ。
レノン号よ。おめーは、ちょっと陽が当たるとすぐにごろりと寝てるけど、おめーにも辛抱する木(気)はあるんだろうな。たのむぜ、レノン号よ。おめーには「南部牛追い唄」は歌えないわなぁ。三橋美智也の高音も出ないだろうから「達者でナ」も無理だわナ。え、いや、おめーとデュエットする気はないよ。だって、おめーはうるさく、わんわん、しか言えないんだからな。考えてみりゃ、おめーも、わんわんしか言えないんだから、辛いよな。そうか、おめーも辛抱してるんだな。わかった、わかったぜ。また明日の朝も、散歩につきあってやるからな。ま、お互い、辛抱する木(気)に花咲かそうや。