現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

大豆の圃場に発酵鶏糞と牡蛎殻石灰をまくことと『家日和』


28日(土)
朝、奥さんから頼まれていた朝顔とゴーヤのテをつくる。ツルの巻き付くところですな。グリーンカーテン作戦ですわ。さてさて。



それから、先日の麦刈りでは、コンバインのカッターが切れが悪くて、難儀したことは書いたのだが、藁がつまったところは、要するに藁が切れないで、長いままになっているわけで、このままだと、大豆の播種するときに、藁が長すぎて、土とのこなれが良くないので、長い藁を集めて、燃やすことにしました。よく燃えるものですなぁ。少し風もあったし、数百メートル先には住宅地もあったので、火を使う時は慎重にならなければいけない。ま、事無きをえて、無事ミッション終了。

午後は、麦あとの大豆播種の予定圃場に、牡蛎殻石灰と発酵鶏糞をまく。コンポキャスターでギュンギュンとまく。発酵鶏糞はすべてまき終えたが、牡蛎殻石灰は、半分というところで、ショボショボ雨が少し強くなったし、半分で今日のところは終了とする。

しかしなんだな。発酵鶏糞もたくさんまくと、体に匂いがつきますな。いや、充分に発酵しているので、とてもいい匂いだと僕は思うのだが。
うちは両親が発酵鶏糞を使っていたので、僕も使っているのだが、有機肥料というか堆肥というのか、こういう素材を使うと確かに土が変わっていく感じが確かにあります。緑肥のすき込みと違って、すぐにどうこうというわけではないので、気分の問題かもしれないですが(笑)。




29日(日)
夜の間に、けっこうな雨が降ったようだが、朝には止んでいる。ざーっと音がする降り方でした。


朝、発送があったのだが、日曜なので、長浜の本局へいって発送。行き帰りに久しぶりに坂本龍一を聴く。日曜日の午前中早い時間帯に聴くのには悪くない。車の運転が自然に優しくなる。ゆるやかにハンドルを切り、ゆるやかにアクセルもブレーキも踏む。エアコンがついてない(壊れている)ので、窓は全開。窓枠に肘をかけたりしてゆっくり運転する。10年前なら陽射しのある時の車の運転はたいてい黒いサングラスをしていたのだが、今ではそうする必要もあまり感じていない。


郵便局で発送を終えると、すぐに帰って昨日の続きで、残っていた牡蛎殻石灰を大豆の圃場にまく。昨日の発酵鶏糞といい、牡蛎殻石灰といい、なにがどうと、すぐに結果が出るものではないのだろうが、ここ数年、大豆の播種の前に、ちょっとこういうことをしてきているのだが、なんとなく、大豆の品質、収量ともに、悪くないような気になっているのです。というか、昔は大豆がもっとたくさん獲れたのだが、最近は、・・・。と父も言っていたのだ。それがなんとなく調子よく戻ってきているような気がしています。ま、これも気のせいかもしれないのだが。


午後は、大豆の播種に向けてあれこれ準備。


奥田英朗『家日和』(集英社文庫)読了。楽しめました。
笑いって大切ですよね(笑)。僕の中では、笑わせられてしまったら、負け。という発想がどこかにいつもあって、メールの句会でも、読んで笑ってしまった句には票を入れずにはいられない。小説でもエッセイでもそれは同じで、一人、蒲団の中で読んでいて、くっくっくっくっくっくっ、と夜中だし、隣には家族が寝ているので、ゲラゲラ笑えないし、笑うのをこらえつつ笑う(ああ、これが一番笑えるし、腹が痛いけれど、至福だ)、という状態になれば、その作品は、傑作である。『家日和』は傑作でした(笑)。奥田英朗の文体は、妙に軽く読みやすい。スラスラ読めてしまう。また村上春樹の軽みとは違うんです、スラスラ感が。何でこんなにスラスラなんだ?
だいたい、新しい文庫本をもって蒲団に入って、文庫本を一冊読み終えて、充実感とともに眠る(だから、夜中の雨の音もわかったんです)、なんて贅沢は、何年ぶりだろう。6編の短編が収められているのですが、ええ、話題は、家族であり、夫婦であり、家、なんですね。そういう内容でありながら、この軽みは。
最後の「妻と玄米御飯」など、途中で蒲団から起き上がって、付箋を探して貼付けたほど。
玄米が、たいへん健康によいことは、あちこちで紹介されていますし、僕もときどき土鍋で玄米を炊いて食べています。玄米御飯は、玄米御飯のおいしさがあります。辻井農園の25年産のお米は、現在、完売で、ご注文していただけませんが、このまま順調にいけば、9月の中旬には26年産の新米がお届けできますが、うちのお米は玄米で食べていただいても安心だしおいしいのですが、そりゃあ、精米したての白米の、しかも炊きたての、ほかほか湯気をたてて、白くてピカピカ光っているお米のおいしさにはかなわんと思っております。(毎日食べている自分とこのお米ですが、品種やその他もろもろの違いで、お米が変わるたびに、うまいやん!と言ってしまうのですな。)玄米御飯は、玄米御飯のおいしさがあります。これはこれでうまくて、プチプチ感もありますし、ゆっくり噛むとじんわり甘味が出てくるのですが、この甘味がまた白米とは違います。お通じのよさは天下一品ですし、ミネラルなど栄養分も文句なし。


でも、そういう玄米志向というか、ロハス志向というか、そういうものを笑い飛ばす勢いがあるのですな。いい悪いは別にして。
6編すべて、ハッピーエンドだったような気がします。うん?ちがうか?
でも、田んぼ仕事で疲れた体で、風呂上がりにビールを飲んで、テレビの前で居眠りしたとはいえ、蒲団に入ってから文庫本、一冊、一気に読了というのも、久しぶりだったので、記録のために記します。


次の枕頭本は直木賞受賞作、葉室燐『蜩の記』かな。これも評判の一冊ですな。ああ、大豆の播種に向けてあれこれ忙しいのではありますが。