現代田んぼ生活 辻井農園日記

滋賀県の湖北地方で完全無農薬有機栽培米の「コシヒカリ」と「秋の詩」と「みどり豊」を作っている辻井農園のブログです。安心して食べていただけるおいしいお米をつくっています。

暑かったことと四月が終わること


30日(木)
 朝から快晴で無風。気温もどんどん上がりました。
 朝、出芽機に入れている苗箱の様子を見たら、けっこう芽が伸びている。昨日の気温が高かったから、ということもあるだろうし、浸種の時間が長かったということもあるかもしれない。
 しかし、ちょっとまだ短い気もする。でも明日まで待てば伸びすぎることは間違いないので、今日、苗代に出すことにする。
 風はないし、苗代に出す作業も今年5回目でだいぶ慣れてきたし、急遽の作業でしたがシュルシュルと進みました。父も母も「風がないと、こんなに楽なんや」と言うておりました。


 僕はその後すぐに田回りする。一枚、うちの田んぼの下に畑にしておられるところがあるので、水口のところを処理して、下に水が流れないようにしたけれど、ま、こういうことは完璧にはいかないので、少し水が水路を流れていったが、・・・。そのうち止まるかな?ええ、最初は水が漏れても泥がつまってスッと止まることもあるんです。そうなるといいけど、明日まで様子見ですな。
 長男は午後は「こなし」作業でしたが、トラクタのエアコンの利きが悪いのか、トラクタのドアを左右とも開けて作業していました。


 今日はいい天気だし、ご近所では田植えがはじまって頑張っておられました。
 たまたま今日、県の農産普及課のFさんとKさんが事務関係の仕事で寄られたので、そっちはすぐに処理して、苗代を観てもらう。うちはまあ例年、5月5日のこどもの日あたりから「コシヒカリ」の田植えがはじめられるように計画をたてて作業をすすめているのですが、どうもね、最初に植える予定の苗の伸びが短い気がしているのです。「うーむ。確かにちょっと短いですね。4月は気温が低い日が多かったからでしょうね。昨日から今日と気温も高めですし、これからちょっと伸びてくるとは思います・・・。」ということでした。ま、うちは露地のプール苗代なので外気の気温におおきく影響されます。今日田植えをされていた苗も見てましたけど、ハウスの苗なのか、けっこう伸びていい苗に見えました。ま、露地ものなのでゆっくり伸びてきて強い苗にはなっているとは思います。ハウスからすぐ出して田植えすると急激な温度変化で苗がよわったりするんですよね。これはうちが出芽機から苗代に並べるときと同じですけどね。ええ、ちょっと伸びはないですけど、「きれいに揃った苗ですねぇ。」ということでした。あといろんな培土を試しているので、それも見てもらいました。うまくいくようにお願いしたいです(笑)。


 朝の散歩で、白い穂のような花が咲きはじめていました。ウワミズザクラ。よく見ると五弁の花ですね、なるほど、それで桜か。桜には見えないけど(笑)。




 4月3日に「B面の岩波新書」というサイトで「藤原辰史:パンデミックを生きる指針——歴史研究のアプローチ」という文章が紹介されて、話題になっていました。私もSNSで教えてもらって、すぐに読みました。新型コロナウイルスの拡大についていろいろ科学的に考察されていていました。
 昨日の中日新聞の「特報」で藤原辰史さんのインタビュー記事が載っていました。
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 新型コロナウイルスの危機に直面する人たちに向けて、京都大人文科学研究所准教授の藤原辰史さん(43)がインターネット上で発表した文章「パンデミックを生きる指針-歴史研究のアプローチ」が反響を呼んでいる。戦争、飢饉(ききん)、恐慌…。世界史に刻まれる危機の時代を研究してきた藤原さんは「目の前で倒れる人が増えていけば、理性を保つのは難しい。自分と大切な人たちがどう生きていくか、考える手助けとなれば」と語る。

 「指針」は四月二日、岩波新書編集部が運営するホームページ「B面の岩波新書」に掲載された。A4判にして八枚分の文章で、アクセス数は三週間で四十一万件を超えた。

 三月初め、編集者から寄稿の依頼を受けた藤原さんは考えた。今起きていることは、いずれ世界史の教科書に載るような大転換だ。危機のたび、為政者は安易な希望論や精神論を打ち出してきた。一方で、人々は思考の限界に突き当たり、感情に目を曇らされ、理性を保つのが難しくなる。

 「想像力と言葉しか道具を持たない文系研究者は、ワクチンも治療薬もつくれない。できることは限られているが、小さくはない。過去に起きた類似の現象を参考に、人間がすがりたくなる希望を冷徹に選別することはできる」

 執筆中、藤原さんの心を揺さぶる出来事があった。「森友学園」問題で文書改ざんを強要され、自殺した財務省職員の手記が「週刊文春」に出たことだ。「最後は下部がしっぽを切られる」「なんて世の中だ」…。震える手で記した文字群に「政治への不信のとどめのようなものを見た。この国に希望は託せない」と藤原さんは確信した。

 現金給付の政策を巡り、二転三転する国の姿は緩慢に映った。「ものすごく勘どころをつかみ損ねている。誰のために政治をしているのかという思想がない」。その象徴が「ステイホーム」の要請だ。

 緊急事態宣言後、初の日曜日の四月十二日、シンガー・ソングライター星野源さんの弾き語りに合わせ、首相が犬を抱き、外出自粛を呼び掛ける動画がツイッターに投稿された。

 「友達と会えない、飲み会に行けない、が本質ではない。医療従事者、インフラを維持する人、食料を作り、運び、売る人…。自分の頭で物を考える政治家ならば、いまステイホームできない人のことを考える」と藤原さん。首相をフランス革命時の国王ルイ十六世になぞらえる。

 「あの動画から伝わるのは『王は家にいる。汝(なんじ)ら励め』です。ステイホームが持つ構造を把握する力がないから、国民に声が届かない。トップがぐらつく政権に、この緊急事態を委ねる危機感は強い」

 「ホーム」も安全という保証はない。経済基盤や育児環境は安定せず、七人に一人が貧困状態にあるこの国の子どもや、家庭内暴力を受けている配偶者にとって「家庭は牢獄(ろうごく)ともなり得る」(藤原さん)からだ。

 藤原さんは「子どもたちにとって、給食という家庭以外に食いつなげる場所があることが、格差政策の欠陥をかろうじて補ってきた。地域の子ども食堂も開けず、生命線が長期に絶たれている状況。ステイホームを巡る問題はこれからあらわになるだろう」と語る。

 藤原さんは、農業や食の思想、環境の歴史を専門とし、戦争や災害にまつわる出来事にも関心を寄せてきた。「危機の時代には、人間の本性が現れるからですね。暗い歴史の中だと、誠実な人たちの言動が光り輝いて見えやすい。過去の感染症でも献身的な医療従事者がいて、多大な犠牲も払ってきた」

 「指針」では、百年前の「スパニッシュ・インフルエンザ」、いわゆるスペイン風邪を歴史の参照軸として取り上げた。一九一八~二〇年に流行し、世界の死者数は四千万人とも推計される。各国が第一次世界大戦で情報統制していたため、中立国のスペインから情報が広まり、感染源ではないのにこの名が付いた。

 スペイン風邪の流行は三回の波があり、二回目で致死率が高まった。疑心暗鬼から生まれる感情は人間の理性を曇らせる。米国では当時、反ドイツ感情の高まりから、ドイツの製薬会社の薬に病原菌が混ぜられているとうわさされた。

 今も欧米でのアジア人差別や、ウイルスの発生源を巡る疑念が広まっている。「あの家から感染者が出た、とうわさが出たとき、ある種の感情が生まれる。品性の喪失の先にある憎悪は、人への攻撃、国同士の対立にもつながってきた」

 藤原さんは「人間はあかを取り、排せつしないと死んでしまう。きれいにすることへの欲望は大きい」とも語る。そして、行きすぎた「潔癖主義」「消毒主義」が、異分子を排除する人種主義に結び付く危うさを感じている。ユダヤ人を働かないで金融で稼ぐ「寄生虫」とみなしたナチス・ドイツから得た教訓だ。

 「エスニック・クレンジング(民族浄化)という言葉もある。差別的なプロパガンダを支えるのは一人一人の感情。日本でも関東大震災で『朝鮮人が井戸に毒を入れた』とデマが流れ、虐殺が起きた。ウイルスより怖いのは人間。遠い国の話ではない」

 歴史をどう今に生かすべきか。一つは、手洗い、食事、睡眠といったあたりまえの習慣を、誰からも奪わないことという。藤原さんが「あたりまえ」を強調するのは、戦争などで奪われてきた歴史があるからだ。

 「日本陸軍の半分は、補給がないために飢えて死んだ。今も過労による自殺が起きている。勝利至上主義、パワハラの横行で、日常をおろそかにする文化は、日本に根強くある」。それに、理不尽な命令や、情報を隠す権力や自分のいる組織、家庭への異議申し立てをやめてはいけない。

 コロナ以前から、日常の危機にさらされてきた人々への対策も必要だ。例えば、基地周辺の住民、原発事故の避難者、子どもを抱えて働くひとり親。「パンデミック(世界的大流行)は純粋な災害ではなく、複合災害。元々弱い立場にあった人たちをさらに苦しめる構造がある」ためだ。

 パンデミックはいずれ終息する。「その時、為政者によって、コロナに打ち勝った、という勝利と復興の物語に切り替わるだろう」。解放感のあまり、人々は恐怖も生命のリスクにさらされていたことも忘れ、大イベントへ突入していく。

 「みんな歴史を忘れてしまうけれど、これはとても罪なことです。だって、私たちはもう知ってしまったから。決してコロナ前には戻れない」と藤原さんは警鐘を鳴らす。国民の声に耳を貸さない政権の脆弱(ぜいじゃく)さを見てしまったし、子どもや派遣労働者、弱い立場の人たちに負担をしわ寄せし、防護服もマスクも税金で手当てできないまま働く医療従事者に、命を救われたことも知ってしまった。

 「コロナの犠牲の上に認識できた問題を、決して忘れてはならない。合理化の下に人間を切り捨てることのない、新たな社会の構築に力を尽くすことは、生き残った人たちの責務だと思います」

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うーむ。インタビュー記事なので、とりとめのない感じになっているけれど・・・。


5月1日(金)
 今日から五月かぁ、時の流れは、ほんとにはやい。
 朝は田回りと苗代の確認。いくつかに水を入れる。
 午前中は最初の田植えの最後の「こなし」を長男として、ロータリーをさっと水洗い。午後はドライブハローに交換して、「尻踏み」をしてもらう予定。
 今日も気温は上がりそう。苗代の苗がどんどん伸びてきてほしい。